小学校の校庭が拡張されることになり、
それを機に、リニューアル前のイベントとして先生方が巨大迷路を作った。
順路に従って挑戦する児童たち。
「あれ? もうここ通ったはず…」
複雑な迷路に戸惑いながらも、少しずつラストに近づいていく。
ドラえもんが好きな子どもたち。
誰もゴールできないことに業を煮やした先生方は、最大のヒントの場所を示した。
そこには、土管に下敷きをはめると紙が出てくるような図が描かれている。
これだ!
児童たちは次々と、これ見よがしにそのセットに並ぶ。
それでも、誰のところからも紙は出てこない。
「ラスト3分!」という声が響く。
学校一の目立ちたがりだった俺は、何としても自分がゴールしたかった。
暗い穴にライトを照らしながら、最後の足掻きをしていた。
「こっちだよー! 絶対こっちだよー! ライトちょうだい!」
その確信めいた声色に、思わず灯りを渡してしまう。
よく見ると、あからさまに矢印が何個も描かれているエリアがある。
土の壁の側面に、マンホールのような蓋。
これか!
蓋は二つ。
叫んだ子は必死に一つ目を開けている。
「もう一つにあるかも」
俺は小学生の自分史上、最速のダッシュで走り、もう一つの蓋を開けた。
「なんか出てきた!」という声。
負けるものか。
「ああ! 俺も紙が出てきた!」
……無情にも、何も書かれていないただの白い紙。
あいつは?
目をキラキラさせながら、笑顔で先生方の方へ走っていく。
負けた。
数日後、気になってあいつに聞いた。
「なあ、紙に何て書いてあった?」
あいつは少し黙ってから言った。
「……何も」
「え?」
「何も書いてなかった。
でも、先生のとこ戻ったら“ゴールだね”って言われた」
その瞬間、胸の奥が少しだけざわついた。
俺は一番になりたくて、
でも悔しさを噛み締めながら、あいつにライトを渡した。
あの時、俺はゴールを探していたのに、
気づけば誰かをゴールへ送っていた。
【後日談】
大人になって、母校の校庭が再び改修されると知った。
懐かしくなって、当時の担任に連絡を取ってみた。
「先生、あの迷路って、本気で作ったんですか?」
今なら分かる。
あの頃の先生方は、ICT教育の導入期で、
毎月何十時間も残業していたじゃないか。
精神や身体を壊した先生だって、きっと少なくなかったはずだ。
そんな状況で、
放課後に集まって、あんな巨大な迷路を作るなんて、
どう考えても正気の沙汰じゃない。
電話の向こうで、先生は少し笑ってから言った。
「実はね、あの少し前に、
俺たちの同級生が一人、病気で亡くなったんだ」
先生方の世代のガキ大将。
運動も勉強もそこそこで、
何より、人を集めるのがやたら上手いやつだったらしい。
「放課後になると必ず誰かを誘って校庭にいた。
鬼ごっこでも、サッカーでも、
いつも中心にいたのがあいつだった」
「彼がよく言ってたんだよ。
校庭ってさ、みんながいっぱい遊んでいる時が一番楽しいんだよねって」
先生は少し間を置いて、こう続けた。
「正直、しんどかったよ。
残業続きで、家に帰ってもパソコン。
心も体も余裕なんてなかった」
「でもね、
あいつが死んだって聞いた時、
このまま仕事だけして教師人生終わるのかなって、
初めて本気で思ったんだ」
「だから、
一回だけでいいから、
自分たちが子どもだった頃の校庭を、
もう一回、作りたかった」
さらに先生は、ぽつりと付け加えた。
「今の子どもたち、ゲームには慣れきってるけど、
校庭ではあんまり遊ばないだろ。
だから余計にね、
あいつが好きだった景色を、
次の世代にも見せたかった」
電話を切ったあと、あの日の光景がはっきり蘇った。
暗い穴。
矢印。
そして、迷いながら差し出した自分の手。
冷静になれば、誰がどう見ても分かる矢印のエリアだった。
あんな露骨な導線、最初から怪しいに決まっている。
なのに、何で気付かなかったのだろう。
多分あの時の俺は、
迷路を解いていたんじゃない。
“一番になりたい自分”だけを見ていた。
正解は、目の前の紙じゃなくて、
目の前の人だったのかもしれない。
あの巨大迷路は、
亡くなった一人のガキ大将が残した遊び方を、
余裕を失いかけていた先生たちが必死に掘り起こし、
ゲームに慣れきった次の世代へ手渡すための、
追悼であり、再生の装置だったのだ。
posted by まにわ at 08:17| 群馬 ☔|
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