まにわ充裕です。
先日、私のSNSでの発信の中で、
「伊勢崎市議会には、あと35人ほど立候補者が足りない」
という表現を使いました。
伊勢崎市議会の定数は30です。
仮に、現時点で立候補予定者が「選挙ドットコム」に掲載されている3人だと仮定すると、そこに35人が加わると38人となり、定数30に対して8人が落選する計算になります。
つまりこの表現は、
「全員が当選できる状態ではなく、ちゃんと競争が生まれる状況」
を意図して述べたものでした。
この発信について、ある方(匿名)から、非常に丁寧で本質的なご質問をいただきました。
要約すると、
地方政治の現場において、若者や新人にとって本当に公正な競争環境が整っているのか。
制度上は競争があるように見えても、実態としては既存の地盤や知名度を持つ人が有利で、新規参入が極めて難しい構造ではないか。
という問題提起でした。
正直に言えば、このご指摘には私も大いに共感する部分があります。
新人や若い人が政治に参加しにくい構造的ハードルがあることは、間違いありません。
ただ一方で、現場にいる立場として、どうしてもお伝えしておきたい実感もあります。
国政と違い、市議会や町村議会の選挙は、ほとんどが「政党」ではなく「個人」で選ばれます。
現実の支援は、町内、親族、同級生、職場、地域のつながりなど、いわゆる生活圏から集まるケースが大半です。
つまり、地盤やルーツを持たない新人が不利になるという指摘は、その通りです。
実は私自身は、群馬県出身ではありません。
宮崎で生まれ、実家は島根。群馬には大学進学で来て、伊勢崎は就職をきっかけに住み始めた場所です。
初めて選挙に出たとき、市内の知り合いは、隣に住む方と職場関係くらい。
同じ町内には現職議員がいるという、かなり厳しい環境でした。
それでも初挑戦で2487票をいただき、11位で当選しました。
しかも興味深いことに、その後3回の選挙を経ても、この新人時代の得票数を一度も上回っていません。
私がやってきたことは、特別な才能というより、
誰にでも出来ることを、誰よりもやりきることだったと思っています。
感覚的には、初挑戦の頃だけで1万5千件ほど個別訪問をしました。
しかも区長さんに連れ歩いてもらう形ではなく、すべてアポ無し、つながり無しのピンポン行脚です。
選挙後、あまりに役割を抱え込みすぎて、過労で5日間ほど動けなくなったこともあります。
また、4年前の選挙では、私が住む同じ町内から4人、同じエリアに事務所を構える候補が1人出るという、地方議会ではかなり珍しい逆風の状況も経験しました。
こうした経験から感じているのは、
制度は確かに厳しい。
新人は確かに不利。
でも、それでもなお、挑戦できる余地は現実に存在する。
この両方が同時に真実だ、ということです。
新人にはフレッシュさや情熱があり、
現職には実績や安定感がある一方で、年数を重ねるほど批判も増えます。
決して現職だけが一方的に有利という単純な構図ではありません。
だから私は、制度は不公平だと断じるよりも、
厳しい現実を認めつつ、
それでも挑戦する人が増える社会の方が、
有権者にとっても健全だと思っています。
私が「あと35人ほど足りない」と表現したのは、
まさにその問題提起でした。
楽な世界だと言いたいわけではありません。
むしろ、かなりしんどいです。実際。
それでもなお、
挑戦する人が増え、競争が生まれる社会の方が、
民主主義としては間違いなく健全だと、私は思っています。