2026年01月27日

ショートストーリー、土管の思い出

小学校の校庭が拡張されることになり、

それを機に、リニューアル前のイベントとして先生方が巨大迷路を作った。


順路に従って挑戦する児童たち。


「あれ? もうここ通ったはず…」


複雑な迷路に戸惑いながらも、少しずつラストに近づいていく。


ドラえもんが好きな子どもたち。

誰もゴールできないことに業を煮やした先生方は、最大のヒントの場所を示した。


そこには、土管に下敷きをはめると紙が出てくるような図が描かれている。


これだ!


児童たちは次々と、これ見よがしにそのセットに並ぶ。

それでも、誰のところからも紙は出てこない。


「ラスト3分!」という声が響く。


学校一の目立ちたがりだった俺は、何としても自分がゴールしたかった。

暗い穴にライトを照らしながら、最後の足掻きをしていた。


「こっちだよー! 絶対こっちだよー! ライトちょうだい!」


その確信めいた声色に、思わず灯りを渡してしまう。


よく見ると、あからさまに矢印が何個も描かれているエリアがある。

土の壁の側面に、マンホールのような蓋。


これか!


蓋は二つ。

叫んだ子は必死に一つ目を開けている。


「もう一つにあるかも」


俺は小学生の自分史上、最速のダッシュで走り、もう一つの蓋を開けた。


「なんか出てきた!」という声。


負けるものか。

「ああ! 俺も紙が出てきた!」


……無情にも、何も書かれていないただの白い紙。


あいつは?


目をキラキラさせながら、笑顔で先生方の方へ走っていく。


負けた。


数日後、気になってあいつに聞いた。


「なあ、紙に何て書いてあった?」


あいつは少し黙ってから言った。


「……何も」


「え?」


「何も書いてなかった。

 でも、先生のとこ戻ったら“ゴールだね”って言われた」


その瞬間、胸の奥が少しだけざわついた。


俺は一番になりたくて、

でも悔しさを噛み締めながら、あいつにライトを渡した。


あの時、俺はゴールを探していたのに、

気づけば誰かをゴールへ送っていた。




【後日談】


大人になって、母校の校庭が再び改修されると知った。

懐かしくなって、当時の担任に連絡を取ってみた。


「先生、あの迷路って、本気で作ったんですか?」


今なら分かる。

あの頃の先生方は、ICT教育の導入期で、

毎月何十時間も残業していたじゃないか。

精神や身体を壊した先生だって、きっと少なくなかったはずだ。


そんな状況で、

放課後に集まって、あんな巨大な迷路を作るなんて、

どう考えても正気の沙汰じゃない。


電話の向こうで、先生は少し笑ってから言った。


「実はね、あの少し前に、

 俺たちの同級生が一人、病気で亡くなったんだ」


先生方の世代のガキ大将。

運動も勉強もそこそこで、

何より、人を集めるのがやたら上手いやつだったらしい。


「放課後になると必ず誰かを誘って校庭にいた。

 鬼ごっこでも、サッカーでも、

 いつも中心にいたのがあいつだった」


「彼がよく言ってたんだよ。

 校庭ってさ、みんながいっぱい遊んでいる時が一番楽しいんだよねって」


先生は少し間を置いて、こう続けた。


「正直、しんどかったよ。

 残業続きで、家に帰ってもパソコン。

 心も体も余裕なんてなかった」


「でもね、

 あいつが死んだって聞いた時、

 このまま仕事だけして教師人生終わるのかなって、

 初めて本気で思ったんだ」


「だから、

 一回だけでいいから、

 自分たちが子どもだった頃の校庭を、

 もう一回、作りたかった」


さらに先生は、ぽつりと付け加えた。


「今の子どもたち、ゲームには慣れきってるけど、

 校庭ではあんまり遊ばないだろ。

 だから余計にね、

 あいつが好きだった景色を、

 次の世代にも見せたかった」


電話を切ったあと、あの日の光景がはっきり蘇った。


暗い穴。

矢印。

そして、迷いながら差し出した自分の手。


冷静になれば、誰がどう見ても分かる矢印のエリアだった。

あんな露骨な導線、最初から怪しいに決まっている。


なのに、何で気付かなかったのだろう。


多分あの時の俺は、

迷路を解いていたんじゃない。

“一番になりたい自分”だけを見ていた。


正解は、目の前の紙じゃなくて、

目の前の人だったのかもしれない。


あの巨大迷路は、

亡くなった一人のガキ大将が残した遊び方を、

余裕を失いかけていた先生たちが必死に掘り起こし、

ゲームに慣れきった次の世代へ手渡すための、

追悼であり、再生の装置だったのだ。


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posted by まにわ at 08:17| 群馬 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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