2026年01月18日

永久歯磨き粉

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 歯磨き粉が少なくなると、チューブを追いかけるように絞り出す。

 端を折り、巻き、指で押す。それでもまだ出ると、なぜか得をした気分になる。


 洗面所で、早川は思わず笑った。


 「永久歯磨き粉やん!」


 その一本は、もう底が見えていたはずだった。

 それなのに、毎朝毎晩きちんと歯を磨いているのに、なかなか終わらない。泡立ちも味も変わらない。歯ブラシは濡れ、口の中もいつも通りすっきりする。


 三か月後も、まだ使えた。

 半年後も、まだあった。

 一年が過ぎた頃、さすがにおかしいと思い始めた。


 計算が合わない。どんなに控えめに使っても、この一本がもつはずがない。それでも歯磨きは、確かに続いている。生活も、体調も、特に変わりはない。


 ある夜、歯を磨きながら、ふと手を止めた。

 泡の量が、多すぎる。


 出した覚えより、明らかに多い。

 チューブを見ても、どこにも異常はない。


 その日から、歯磨き粉の量が合わなくなった。

 少しだけ出そうとしても、止まらない。

 必要以上に、白いものがあふれる。


 ある朝、出勤前にチューブを手に取って、早川は固まった。


 軽い。


 振ると、中で何かが転がる音がした。

 液体ではない。

 空気でもない。


 裏返すと、細かい折り目が無数についていた。

 自分の記憶にない折り方だった。

 何度も、何度も、力いっぱい絞った跡。


 その瞬間、ひとつの考えが、音もなく胸に落ちた。


 この歯磨き粉は、減っていないのではない。

 歯を、作っている。


 押しても、もう何も出なかった。

 代わりに、洗面台に落ちた。


 白い塊。

 歯の形をしている。


 早川は、ゆっくりと口を開け、鏡を見た。

 歯は、ちゃんと並んでいる。

 噛み合わせも、違和感はない。


 ただ、どこか作り物めいていた。

 歯ぐきとの境目が、妙に曖昧だった。


 その夜、洗面所の明かりを消しかけて、早川はふと立ち止まった。


 鏡の奥に、もう一人の自分がいる気がした。


 歯のない口で、何かを言おうとしている。

 声は聞こえない。

 けれど、意味だけははっきりと分かった。


 ──ちゃんと、磨け。

 ──俺の分まで。


 その瞬間、胸の奥が静かに冷え、同時に、少しだけ温かくなった。


 早川はチューブを見た。

 くしゃくしゃに折られ、もうほとんど空になっている。


 これは、偶然じゃない。

 魔法でも、奇跡でもない。


 未来で歯を失った自分が、

 過去の自分に残した、たった一つの願いだった。


 「せめて、歯を失う前までは」


 そう願って、生まれた歯磨き粉。


 早川は、いつもより丁寧に歯を磨いた。

 急がず、流さず、鏡の中の自分を見ながら。


 泡を吐き出すと、なぜか胸の奥が少しだけ軽くなった。


 歯磨き粉は、その夜、静かに役目を終えた。




※この歯磨き粉は回収されました。

※歯を失う理由の多くは歯周病であり、予防には毎日の歯磨きが欠かせないとされています。

posted by まにわ at 09:31| 群馬 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | AI | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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