まにわ充裕です。
こんにちは
本日は早朝から、三郷地区体育推進委員会研修会に参加しました。
香取神宮を目指しながら、年度計画等の協議を行います。
茨城県阿見町の予科練平和記念館に寄りました。
予科練とは、旧日本海軍で、航空機搭乗員養成のための制度です。
当初、日本全国から志願者が集まり、79倍の倍率の選考を経て、予科練生が産まれました。
選考試験も難関で、きっと当時のエリートであったと思います。
私はこういった場所に寄ると、涙を流さずにいられなません。
誰しも死は恐れるものです。
10代後半、遅くても20代の彼らは、必死の部隊への配属も自ら志願しました。
予科練生のこんな手紙がありました。
◆飛行機乗りで三十にもなればもうお爺さんと云われます。 三十以上のパイロットなんて多くいません。 大概二十代で戦死します。 海軍パイロット界に入ったら絶対にぬけられません。 死ぬまでのご奉公です。 好きでなったがパイロット 娑婆の五十を三十で暮らす 左様奈良
戦争は現代の正義ではありませんが、
当時の正義だったのでしょう。
現代人の我々は安易に、
必死に努力と使いますが、意味がまるで異なります。
先人のおかげで今があること、戦地にいかずに当たり前に日常があること、
に感謝して、今を精一杯生きていきたいと思いました。
予科練生の話ではありませんが、
最近観た特攻隊の映画、
あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら
とてもオススメです。涙を流さずに観られませんでした。