2017年08月03日

いじめは画一的な教育でも多様な教育でも起こるのでは?(私論)

まにわ充裕です。

先日、伊勢崎市で初めて開催された「伊勢崎市いじめ問題対策連絡協議会」を傍聴しましたので、報告と共に私論を書きたいと思います。

7月28日金曜日の10:30〜11:40まで市役所にて行われました。

委員は、小学校長会代表・中学校長会代表・教育委員代表・教育部長・中央児童相談所代表・地方法務局代表(当日欠席)・警察署代表・民生委員代表・青少年育成推進員代表・子ども会育成会代表・PTA連合会代表・区長会代表・市民部長の方々です。

事務局は教育委員会学校教育課です。

傍聴者は、上毛新聞社・まにわの2名。

まず事務局より趣旨として、いじめ対策を本音で話せる場であること、そのためなごやかに進めたいと説明がありました。

1.伊勢崎市におけるいじめの現状と対策の説明
23年度〜28年度までの小中のいじめの認知件数といじめの態様を報告。

冷やかし・仲間外れ・軽くぶつかる・ひどくぶつかる・金品をたかる・金品を隠す・いやなことをさせる・パソコンで誹謗中傷などの件数と割合を報告。

未然防止策として、➀児童生徒の自治的な活動、A道徳教育や人間関係づくりの充実、B温かい学級づくり、を報告。

いじめの早期解消のために、➀詳細な事実確認、A組織的対応・関係機関との連携、B毅然とした指導と温かい指導、を報告。

毎月、生活アンケート・仲良しアンケートなどの名称の調査を各学校で実施している事を報告。


2.子ども達の健全育成のために、今、わたしたちがすべきこと、していること

*伊勢崎市の議事録公開がどのようになるかわからないので、各発言者は委員A・委員B・・・とします。また、要約しています(原文そのままではありません)。

会長には区長会代表、副会長には教育委員代表が選任されました。

委員A:子どもは学校に長くいる。いじめ防止フォーラムや子ども会議が実施されている。あたたかな学級の雰囲気を作り、学ぶことが楽しい、一緒に学ぶ事は有意義な事であると感じるのが大切ではないか。

委員D:いじめは初期対応が重要。子どもが発するサインを早く見つけ、声をかけなければいけない。本市は11の学校区で学校運営協議会が設置されており、今後は協議会の活用が必要である。

委員H:いじめ加害者の親は地域で活躍している人が多い。

委員I:あいさつうんどうをすると、8割方こどもがあいさつを返して来る。子どもの様子もわかる。

委員J:アンケートよりも子ども自身がその日・その月どうだったかをかえりみる方が良いのではないか?半分が外国人の学級もある。それを受け入れる側の努力も必要では。子どもにゆとりも必要。

委員K:初期対応が大事。何か原因があっていじめになるというより、ささいな事がいじめになっているように思う。その時に先生が寄り添えるといい。家庭で親と子がコミュニケーションを取っていないと感じる。家庭がまず一番だろう。

委員M:日頃の学校と違う人間関係も重要。

委員E:親は資格なしに親になれる。親への教育で解決出来る事が多くあるかもしれない。

委員K:子どもが育つのに親だけでなく、本当に多くの方が関わっていると感じる。保護者が学校に顔を出すのが第一ステップではないか。

委員J:Eさん・Kさんの話で家庭が大事と再認識した。親は子どもの人格を尊重して育てる方が良い。役員を何もやらない方ほど、大騒ぎをしている。最終的には家庭の問題。

委員A:民生委員・児童相談所・警察等の様々な団体が関わってくれる事が学校が余裕を持って子どもを見ることにつながっている。

委員H:園長先生等はお父さんの威厳が無くなってきていると話している。

委員M:連携が大事。さくは固くない方が良い。セーフティネット、子どもがぶつかってもフィールドに戻っていけるように。

委員C:いじめは心配。SNSいじめも多いと聞いている。

委員A:ネットいじめは最近の話題になっている。

委員L:基本は家庭であっても地域の関わりが大事。

委員A:今の子どもは自分たちで考えて行動する場所がないのが課題である。


以上が協議会の議事録(要約)です。

うーむ・・・

こうして冷静に読みますと、なかなか一つの方向を向くのが難しいんだなーと感じますね。

本で読んだ事ですが、教育って誰もが評論家になる、総評論家のテーマなんですよね。

専門家であるかどうかに限らず、「こういうもんだ!」と誰もが言います(まにわも言います)。

例えば、「A株は絶対に買いだ!」って誰もが言ったりしませんよね。

途中の親や家庭の話が発言で出た所から、会議の話題は親や家庭の責任論(重要論)に急速にシフトしていくことがわかります。

いじめ問題対策連絡協議会は、いじめ防止対策推進法の14条を読むと、地方公共団体は「置く事ができる」と書いてありますので、伊勢崎市が置いている事は評価される事と思います。

会議を傍聴した感想を書きます。

1.この協議会でどこまで詰めるのか?
 いじめ防止対策推進法は、県が協議会を置いた時は、各機関及び団体の連携が学校のいじめ防止等に活用されるよう措置を講ずるとあります。市が置いた場合は法に規定していないので、今回(や今後)の様々な方向に飛んだ議論からどのようないじめ防止対策を政策として詰めていくのかが明らかでありません。協議会の意見は参考意見という位置付けなのでしょうか。

2.政策を作るとして
 その場合には、テーマの絞り込みと解決する課題の設定が必要です。委員の中に、ここに呼ばれてもあまり発言出来る事もなくて・・・という趣旨の発言が2団体からありましたが、各団体の代表が自らの活動で見ていることを出し合うだけでは議論の収集がつかないように感じました。

3.それはそれとして
 会議は親の責任を明確にする、親も学ぶ、という流れになりました。このテーマは私も文教福祉委員時代に質疑した事もあり、これを重点的に扱うという事になれば、それはそれで歓迎したいと思います。

そして、ここからがタイトルのいじめは画一的な教育でも多様な教育でも起こるのでは?について書きます。

こう思ったのは、上記した委員さんの一言がきっかけです。

「何か原因があっていじめになるというより、ささいな事がいじめになっているように思う」

これは今のいじめの本質をついていると思うのです。

いじめは何で起こるか?どうしたらなくせるか?そもそも無くならないものでは?

数多くの専門家や学校関係者や保護者や地域の方や一般の人が様々な議論をしてきました。

昔から多くある原因は違いです。

違う事でいじめる。

例えば、国籍が違う・勉強が人より出来る(出来ない)・行動が遅い(早い)・お金を持っている(持っていない)・スポーツが得意(苦手)・体が大きい(小さい)・スマホを持っている(持っていない)

まだまだあるでしょうが、我々は本当に沢山の違いがある中でともに生きています。

この「違う」ということは多くのいじめのきっかけであることは事実だと思います。

教育は基本的に出来ることを目指します。跳び箱を飛べる、数式を解けるようになる、年号と出来事を覚える、問題は解決する、と。

そうでない人がいたときにいじめのきっかけになる事もあるでしょう。

そんな中、SMAPの「世界にひとつだけの花」ではないですが、みんな違ってみんないい、多様性、という事を学校でも世の中でも教えるようになりました。

それもその通りだと思います。

でも、みんな違う、異なる、1人1人である。

という事は、誰も特別ではないということにならないでしょうか?

みんな違ってみんないい、だとしても自分は特別でいたいのが人間ではないでしょうか。

足が遅い子や勉強が出来ない子をいじめて、「そうでない」と自分を特別視出来る。

みんな違ってみんないい、中では、どこかにささいなきっかけを見つけて、そこからいじめをして自分を特別視出来る。

多様性の教育は非常に重要ですが、それでもいじめは起こるというのがまにわの私論です。

だから、自分を特別視出来る、言い換えれば大切に思える事が長い目でみればいじめを減らしていける教育ではないかという思考にたどり着きました。

日本人の誰も解決出来ていないいじめ問題。これが唯一の正論だ!と申すつもりはありません。

ご意見お待ちしております。
posted by まにわ at 09:56| 群馬 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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