2016年12月19日

発達障害シンポジウム2016 〜発達障害の新たな枠組みを作る〜

まにわ充裕です。

12月議会もいよいよ明日が最終日です。

特にドラマは無いはずですが、真面目に議決に臨みたいと思います。

週末は予定が一杯でした。

日曜は、前橋市の群馬県社会福祉総合センターで行われた「発達障害シンポジウム2016」に参加しました。

発達障害の新たな枠組みを作る!というのがテーマでした。

プログラムは次の通りです。

13:40〜 親子講演(80分)

「発達障害本人がライフステージで困ったこと」 
イイトコサガシ代表 冠地 情

「発達障害の息子を育てた私の視点」 
 冠地情の母親 冠地 俊子 

15:00〜 休憩(10分)

15:10〜 (30分)
「福祉・教育の現場から発達障害をとらえる」 
フォレスト放課後デイ代表 
撹上 雅彦 (発達障害教育者)

15:40〜 (30分)
「発達障害という傾向」
ぐんまHHC代表 関根 沙耶花 (医師)

16:10〜 (20分)
トーク×トーク 
「発達障がいについてみんなで考える」  
*演者4人のトークタイム

「発達障害本人がライフステージで困ったこと」 
イイトコサガシ代表 冠地 情

「発達障害の息子を育てた私の視点」 
 冠地情の母親 冠地 俊子 

この親子講演は正直な所、よく理解出来ませんでした。

冠地情さんはこのような事を言いました。

他者評価に毒されている大人ばかりが周囲にいると、大人の期待に合わせようとするコミュニケーション習慣が基本になってしまう。

こだわりを魅力的にリフレーミング出来る大人が沢山必要である。

対応は、@こきざみに(0⇒1でなく、0⇒0.2かもしれない)、Aスローステップ、Bシンプルステップで。

母親の冠地俊子さんはこのような事を言いました。

親の立場で見るということは、社会の立場で見る事になってしまう。だから一人の個人として自分の子どもを見ている。

今の社会の価値観に抵触するのが発達障害、社会が発達障害を包括出来なくて、対立をしている。それは、出荷するキュウリは段ボールに入れるためにまっすぐなものを選ぶようである。

同じ価値観でないといけないという社会のあり方が間違っているのではないか?

無人島で二人きりになったとしたら、@自分の考えを一生懸命に伝える、A相手の考えを受け入れるの二つしかないでしょう。それをしなかったら、正当化をかざす事になる。

AかBだけ!ではないものが沢山出来れば、資本主義社会ではない社会が生まれる。

その為には、自分を理解している事が必要である。

冠地情さんは、「自分の話は情報処理しようとしないで心で感じて!」と言いました。

当日配布された資料は、講演の話以上に沢山の情報・話が書いてありました。

講演をする冠地さんは、今日の話以上に沢山の話したい事があるのだろうなと思いました。

なので、私も話が分からなかった部分は、無理に理解しようとせず、感じようと思ったのです。


「福祉・教育の現場から発達障害をとらえる」 
フォレスト放課後デイ代表 
撹上 雅彦 (発達障害教育者)

次に撹上さんの話です。

教育学部を卒業した後、教師を選択しなかったそうです。

学習塾(特に進学や受験に力を入れた)を経営していたそうです。

息子さんが発達障害であるとある日気づきました。

昨日まで過ごしていた息子と、発達障害と診断された今日の息子。息子自体は何も変わらない息子。

人と比べると不幸が始まる。だから、彼が楽しければそれでいいと考えるようになった。

そのため、比較するツールを捨てた。

fbのアカウントを変えた。

携帯電話の番号を変えた。

200人生徒がいた塾を閉鎖した(有名大学を目指す生徒たち。息子には楽しければゆっくりでも、出来なくてもいいという中で、仕事では上を目指して指導する。そのギャップに自分が壊れそうだったそうです)。

ステーキを食べる事が幸せな人もいるかもしれない。でも焼肉のタレをごはんにかけて食べる方が幸せという人もいる。ステーキが絶対ではない。タレごはんでもいいじゃん?

楽しさは行動の源泉。楽しんで過ごさせたい。

まとめると、

➀人と比べるから不幸になる

A結果は考え方を支配している(マインドセット)

Bだから出口から考えよう(どうしたらいいか⇒幸せになるためにどうするか)

C幸せとは?⇒楽しむこと

D枠組みを越えよう


「発達障害という傾向」
ぐんまHHC代表 関根 沙耶花 (医師)

次に関根医師のお話しです。

なかなか医師がしゃべらなそうな事を、この先生はズバリ言いました。

「発達障害は傾向である。傾向であるとしたら医者に出来る事は限られる。発達障害を治せる医者は日本中探してもどこにもいない」

「だから医療のわくぐみは発達障害をとらえるのに限界にきている」

「でも子どもたちがどう幸せに生きて行けるかを考えていく事は出来る」

脳の働きの違い、これを病気ととらえるのか?⇒同じ子どもを作る必要はないのでは。

医者の全国行脚をするよりも、自分たちに出来る事がある。自分の心の根っこを掘る。最初に目覚めるべきは社会より親である。

サードスペースとしての親の会などを紹介するほうが、医療よりもよほど子どもが落ち着いて出来る事が増えた。

先生は、今回の講演の事をブログにもつづっています。
http://cocoro-co.sakura.ne.jp/wp/2016/12/19/%E7%B7%8F%E5%90%88%E5%8C%BB%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E7%99%BA%E9%81%94%E9%9A%9C%E3%81%8C%E3%81%84%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B/


さてまにわの感想を一言。

今回、発達障害とは何かという話は一切出てきません。

自閉症って?アスペルガー症候群って?注意欠陥多動性障害(ADHD)って?の話はゼロ。

参加する方は分かっているでしょ、もしくは本やインターネットで調べてね、という前提での講演だったと思います。

障害という言葉が持つ意味は他にゆずりますが、〇〇障害というのは、個人の状態としては基本的に永続的な状態です。

私は脳血管障害の退院後の方のリハビリが主でしたから、障害の受容については調べまくりましたし、受容の過程や生活の変化を見てきました。

さやか先生が提唱するように、発達障害というものは、まだ障害と捉えられておらず、病気と捉えられているのかなと感じました。

かといって、大人の後遺症・障害が本人にも社会にも幅広く認識・受容されているというわけでもありません。

今週は、障害平等研修(DET)を受けるのですが、もう少し障害について頭の整理が出来るかもと期待している自分がいます。
posted by まにわ at 15:01| 群馬 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
これからも、発達障碍についての情報提供をお願いします。
Posted by 赤石力康 at 2016年12月19日 22:02
赤石様

コメントありがとうございます。

皆さんと共に学んでいきたいと思います。
Posted by まにわ充裕 at 2016年12月20日 13:40
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